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袁渙
生没年不詳。字は曜卿。陳郡扶楽県の人。袁滂の子。劉備の秀才に推挙され袁術、呂布、曹操に仕えた。常に公正でいずれの主君からも礼遇された。魏の郎中令、御史大夫まで昇った。その死に対して曹操は涙し古い友人として穀物を下賜したという。
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荀彧
163年-212年。字は文若。潁川郡潁陰県の人。若い頃に何顒から王佐の才と称えられた。董卓と袁紹の下を去り曹操に仕官した。曹操の魏公進爵に反対した。孫権征討の際に病気のために寿春に留まり憂いにより没した。漢の侍中、光録大夫、持節まで昇った。諡は敬。万歳亭侯。
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荀攸
157年-214年。字は公達。潁川郡潁陰県の人。荀彝の子。何進が名士を集った時の一人として黄門侍郎を拝した。董卓暗殺を企てて投獄され、董卓の死後、献帝を擁立する曹操に仕えた。多くの献策と推挙を行って魏の創業に大きく貢献した。孫権征討の従軍中に没した。諡は敬。陵樹亭侯。
秦漢時代
三国時代
五胡十六国時代
五胡十六国
その他
南北朝時代
南朝
北朝
隨機
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堅鐔
?-50年。字は子伋。潁川郡襄城県の人。劉秀が河北攻略中に推挙されて主簿となった。河北平定、洛陽攻略に功があった。萬脩とともに董訢を討伐すると鄧奉の反乱に遭い一年に渡って孤立したが、劉秀の親征まで任地を死守した。左曹、合肥侯。
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司馬岳
322年-344年。字は世同。東晋の第4代皇帝。康帝。司馬紹の第2子。司馬衍の弟。司馬衍の死後、司馬衍の子がいずれも幼かったため、年長者として庾冰に擁立されて即位する。兄と同様早世する。在位2年。
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劉裕
363年-422年。字は徳輿。劉宋の初代皇帝。武帝。劉翹の子。劉牢之に従い軍功を重ねた。劉牢之が失脚すると桓玄に属したが、桓玄が司馬徳宗を廃して皇帝を自称すると、劉毅・諸葛長民らと反乱した。桓玄を討って司馬徳宗を復位させるが、後に自ら皇帝となり宋を建国した。在位2年。